メルジャーノフの奏法の謎
私たち東洋人は、丹田の重要性を知っています。臍下丹田に意識を集中させると、重心が下がって身体が安定し落ち着けるといわれています。丹田を鍛えることによって気が充実するというこの考えにはまっていた私は、演奏中も丹田に意識を持っていくことは当然と思っていたのです。あるとき、メルジャーノフ先生に、「日本では丹田に意識を持っていくことを推奨されている」と言うと、彼は答えました。「私は胃に中心をもっていっている」と。
胃? 私は胃に中心を持っていくなど考えたこともなかったのでビックリ仰天。
「どうしたら、胃に中心をもっていってあのような演奏ができるのだろうか?」
この話は、私の拙著『ロシア・ピアニズムの贈り物』にしたためましたが、今日はその謎解きの続編をお伝えしようと思います。
本の第6章で詳しく触れておきましたが、どうもわかりにくいようなので、今日はほかの言葉でお伝えします。彼は要するに大腰筋を使っていたのです。
この赤い部分、これが大腰筋で、ちょうどみぞおちの奥から始まっています。つまり、普通にいうならば胃の部分ということになります。彼の精神性高い音楽芸術の描出を可能にした力強さとしなやかさの相まった演奏は、この身体のメカニズムから生まれていたのです。
彼は「指だけで弾くのではない!身体の重みをすべて使うのだ!」とは言ってくれましたが、もっと奥の軸のことについてはあまり触れませんでした。生徒は先生の弾く姿から学ぶしかなかったのです。現に「私の演奏から盗み取りなさい。」と彼は言っていました。もっとも、インナーマッスルのことなど、教えようもなかったでしょうが。いずれにしても、彼はいつも弾いてくれました。贅沢な話です。
彼の指は一本一本が象の足のように太く、鍛え抜かれていました。小指でさえも太かったを覚えています。そしてその太い指が舞うように鍵盤の上を飛び回るのですが、その支えとなっていたのが大腰筋だったのです。また、大腰筋が使えていたからこそ、手首が柔らかく保てたのだということが納得できます。彼の手首は音楽に合わせて呼吸をしているかのように見えました。手首には靭帯がありますし、その上数多くの細かい骨が連なっています。彼の場合、それがうまく連なって、滑らかに手と腕をつなげ、決して指の動きを邪魔しなかったのです。その動きは実に美しく芸術そのものでした。
これは私の勘ですけど、胃を中心にして弾いていらしたメルジャーノフ先生の第3チャクラ、マニプラ・チャクラは、きっと燦然と輝いていたのだと思います。あの生命エネルギーは並大抵のものではありませんでしたから。
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