愛の権化~フランツ・リストとマリー・ダグー
6月11日、ルクセンブルグのマールナハという町の劇場で、リストとマリーの愛の遍歴を描いた言葉と音楽の言葉のコラボ、『私たちの愛のすべて、私たちの悲劇のすべて』を、女優のコリンナ・ハールフォーフさんと上演しました。これは2011年、リストの生誕200年祭を記念して制作したもので、久しぶりの公演となりました。
フランツ・リスト
マリー・ダグー
19世紀初めのパリ。愛と憎悪、嫉妬や羨望、さらに競争心の渦巻くサロンにおいて、貴族たちはこぞって作家や音楽家、画家たちを自宅に招いていました。その渦の中で運命はリストと6歳年上のマリー・ダグー伯爵夫人を引き合わせました。燃え上がるリストとマリーの激しい恋は留まるところを知らず、マリーはすべてを捨ててリストとスイスに逃避行します。何と無謀で勇気ある行為だったことか!しかし、この絶世の美女は、ピアノだけで生きてきたリストから、隠された他の才能を引き出していくこととなったのです。マリーは単なる美貌の貴婦人ではなく、やがて作家となっただけあって実に聡明な女性でした。
彼らは大自然の中で誰の眼も気にせず幸せな日々を過ごしますが、そんな夢のような日々が長く続くはずはありません。リストは隠遁生活を送るには若すぎたし、所詮ピアニストだったのです。リストがジュネーヴでリサイタルを開いたのをきっかけに、二人の関係に亀裂が生じます。舞台上でのリストは、マリーの眼に別世界の人間として映りました。それは彼女にとって喜びでもあり、悲しみでもあったのです。リストは演奏活動を再開し演奏旅行にマリーを同伴するつもりでしたが、世間の白い目にさらされてまで同行することは、彼女の自尊心が赦しませんでした。やがて二人の関係は悲劇的な結末を迎えることとなります。
リストとマリーの事件は、『アンナ・カレーニナ』さながらの出来事です。ヴロンスキーのアンナへの愛が薄れるにつれて、彼女が放った言葉と同じことをマリーも思っていたのではないでしょうか。
私の愛はますます激しく、利己的なものになっていくのに、あのひとのはいよいようすれていく...わたしはやきもちやきではなくて、満たされないのだ。
しかし、マリーはアンナのように自殺することはありませんでした。アンナは自分が死ぬことによって、ヴロンスキーが罪悪感を持つことを望みましたが、マリーはそのような愚かなことはしなかった。リストとの間に生まれた子供の親権を奪われても、マリーは生きていったのです。それはただ単に彼女が強かったというだけではなく、何よりもマリーが作家としての使命を見つけたおかげだったのではないかと思うのです。彼女は、のちにダニエル・ステルンという名の作家として蘇ります。
もしもリストが私のもとにとどまってくれたなら、私はあなたのもとにいたでしょう。しかし、ダニエル・ステルンが暗闇から浮かび上がることはなかったでしょう。(マリー・ダグー)
リストとの愛の日々において、彼女が味わった愉悦と苦悩は計り知れません。リストに逢ってさえいなければ、ダグー伯爵との愛のない夫婦生活であっても安定した人生が送れたはずなのに、激しい愛に燃えた挙句、愛とは獲得するものではないことを断腸の思いの中で知り、作家に変身したマリーの人生を思うとき、どれだけ苦難に満ちていようとも、彼女が自分の生命を生き抜いたことに感嘆するのです。
一方、リストも意味深長な文言を遺しています。
愛は正義ではない。そして義務でもなく、享楽でもない。にもかかわらず、愛は不思議なことにこれらすべてのものを孕んでいる。愛を感じる方法も、愛を行為で示す術も数えきれないほどある。しかし、魂が完璧で不滅であることを渇望している人にとって、それは始まりも終わりもない、永遠に一つなのだ...
リストは生徒が「愛の夢」を弾くのを嫌ったと言います。なぜかはわかっていませんが、理由はいろいろに想像することができます。この話から、作曲家が残してくれた作品に敬意を払って接しなければならないと、改めて強く思うのです。
【演奏曲目】
超絶技巧練習曲第10番、ペトラルカのソネット第104番、ジュネーヴの鐘、演奏会用練習曲『ため息』、ワルツ即興曲、ハンガリー狂詩曲第17番、愛の夢第3番、コンソレーション第2番&第3番、アビラート(Ab Irato)
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